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人生最良の日

人生において最良の人はいつであろうか。誕生したとき、歩けるようになったとき、成人したとき、誕生日のとき、クリスマスのとき、結婚したとき。
いろいろあるが、結婚したときにそう感じる人は多いのではないでしょうか。幸せな日=最良の日という図式が素直に添加されるのが結婚。そこで絆を結び付けるものが結婚指輪である。あの小さなリングにたくさんの想いが詰めこめらてれいる。そんなモノは他にありはしないのではと思う。そう柴田大輔は言った。私もまったく同感で人生一度の晴れ舞台、指はが光り輝くときでもあるように思う。

夏が来る前に

おひさかぶりでございます。
なんとも最近は体が衰え始めたのか、病気がちある。ただ、心配はしていない。これも人間生きていれば宿命であり、また、これが修行の一種なのであろう。
結婚指輪はいまも一緒である。きっと別の世界にも私はつけて旅立つであろう。
しかし、夏前だというのに、ムシムシしてならん。。。

結婚、そして指輪、はたまた・・・

結婚すると必ず身に付けるのが結婚指輪である。いつからこのような習慣が始まったのであろうか。
ダイヤモンド入りの指輪あり、18金の指輪あり、装飾を施した指ありと様々である。
おそらく、さかのぼれば数千年の歴史があるのではないであろうか。いわゆる、儀式の一種でずっと一緒にという意味でお互いの分身を身につけたことが結婚指輪のはじまりのようなきがしてならないのである。
さあ、真実はいかに。

結婚指輪は始まりか、終わりか・・・

私が戦時中にお守りとして持っていたのが、結婚指輪である。
何か神聖なるものを感じたものである。それがあるだけで、そこに愛しき伴侶がいるかのように。
安心するというか、暖かい気持ちになるというか、兎に角心地よいのである。
いかにも、結婚指輪は始まりであると帰結する。私にとっては・・・

結婚とは・・・

結婚は、ゴールではなく、スタートである。
よく芸能人が婚約・結婚するとゴールインというが、何か違和感を感じる。私だけではないはずじゃ。
結婚指輪もしかりである。指輪はある種のお守りのように無形化しまっているのです。
しかし、このような時代であるからこそ精神の根源として結婚指輪を神聖なる者として思いを寄せなければならないのである。それは、身に付ける、身に着けないの低いレベルではない。そこに指輪が無くてもいいのである。
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Author:のぶながっちょ
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